BOA SORTE KAZU

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BOA SORTE KAZU

“サッカー人として”  2026年08月14日(金)掲載

“サッカー人として”
2026年08月14日(金)掲載

Jリーグの新たなシーズン 変えていくために

 8月からの開幕へと装いを変え、Jリーグが新たなシーズンへこぎ出している。ただ、僕個人としては「さあ、変わったぞ」といった感慨が強いわけでもなくて。


 というのも、開幕した・しないに関わらず、「目の前の一試合一試合、一日一日が勝負だ」という現実と覚悟は変わりようのないものだから。


 毎日、福島での練習が終わるたびに充実感とともに、ホッとする。よし、今日はケガをせずにやりきれた、みんなと一緒に質の高い練習ができた……。


 毎週、ターゲットの試合に向けて体と心をつくっていく。過程の一日一日で、端から見れば小さな調整ミスや過誤であっても、自分には致命傷になりかねない。細心の注意を払って自分と向き合い、乗り越えたことに毎日、安堵する。


 試合に出場しなかった選手は、悔しさを抱えながらも試合後にみんなで走る。そこで心身をリセット、一つのサイクルは終わり。つかの間のオフをくつろぎ、また戦いに向かう。この繰り返すルーティンが不動なゆえに、シーズン移行の真新しさの感覚が薄いのかもしれないね。


 それでも、新しいJリーグの幕開けとうたわれた鹿島アントラーズ-横浜F・マリノスの開幕戦からは、未来というものを感じることができた。


 輝かしいタイトルを誇る両チーム、MUFGスタジアム(国立競技場)を埋めた約6万4千人の熱、舞台の華やかさにふさわしい白熱した試合のクオリティー。


 Jリーグのクラブは横並びの観があるなとこれまで感じてもいた。けれども、鹿島もマリノスも一日一日、積み重ねてきて三十数年たってみて、別格といえるクラブが日本にもちゃんとできあがっていたんだなと改めて実感できた。


 土壇場での逆転で鹿島が勝った。最後には勝つ、「これが鹿島なんです」と解説者がいう。でも鹿島以外の僕たちは、それで片付けてはいけないんじゃないのかな。鹿島が常日ごろ、一日一日、どういうことをしてあの勝利にたどり着いているのかを、もう少しみんなが知る必要があるんじゃないか。なぜ、鹿島なのか。


 調子が悪かろうと、負けそうでも、最後は勝ちきれる。鹿島特有のメンタリティーなのか、共通意識か何かなのか。

 
 プレシーズンに福島ユナイテッドFCは練習試合で鹿島に胸を借りた。僕らJ3が相手でも、彼らはいつもの通り走って戦って、ファイト丸出しだ。1軍、2軍、3軍の区別がつかないくらい、みんな要求し合って激しくやっていた。チーム内の「強くなりたい」という競争エネルギーが並のクラブよりもぐつぐつ煮立っているというか。満足がないというか。


 僕たち福島はカマタマーレ讃岐に逆転負けし、黒星で新シーズンを踏み出した。手応えよく先制し、前半は1本しかシュートを打たせず、総シュート数も上回りつつも、勝てなかった。


 それこそ鹿島のような「何が何でも」というメンタリティーが欠けたのかもしれない。他の選手にも厳しければ自分に対しても厳しい、いい意味で口うるさい嫌われ役が、足りないのかもしれない。


 いいサッカーと勝つサッカーが、必ずしも同じにならないときはある。一向に勝てなければ、重ねてきた良いはずの練習が「良い」とは言い切れなくなっていく。


 この数シーズン、福島はスロースターターで尻上がりに良くなるパターンだった。見方を変えれば、出だしにもたついたツケを最後まで背負った。今季はそうじゃない、変わったんだ、全身全霊でJ2に昇格するんだと示すためにも勝つべきだったし、全員がそれを分かってもいた。


 この1敗を僕は自分事として重く受け止める。まだ38分の1だと、片付けはしない。


 変えられないものを受け入れる落ち着き、変えるべきものを変える勇気、そして両者を見極める知恵を持ちたい、と古くからの格言にはあるらしい。鹿島もマリノスも一日や一年で今の姿になれたわけでなく、変えていくことは時間も、労力も、忍耐も要する。それでも、変えるべきものを変えていくことを、僕らはためらいたくない。