BOA SORTE KAZU

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BOA SORTE KAZU

“サッカー人として”  2026年08月28日(金)掲載

“サッカー人として”
2026年08月28日(金)掲載

PKやゴールで働く心理 ロジックと、分析しきれぬ心情と

 サッカー人生でかなりの数のPKを蹴ってきて、振り返ってみるとかなり外しもしたなというか、失敗は2割くらいになるんじゃないだろうか。


 狙いすぎがあだとなり、枠からそれることもあれば、コースは甘かったはずが、GKが反対へ動いてくれて結果オーライで入っちゃうこともある。


 決めて、外して。これはゴール全般にもいえることで、完璧に打ったシュートも、GKにスーパーセーブをされれば失敗だ。「完璧」は望めそうになくて、運にも少し助けてもらわなきゃならない。勝負はおしなべてそうで、人生と同じくすべてで成功できるわけじゃない。


 そんなこともあって、8月19日の天皇杯1回戦で決めた2回のPKは、僕以上に、見守るチームスタッフたちの方が「もしかしたら……」とハラハラしたみたい。


 PKはたいてい、蹴るまでの時間がたっぷりとられる。オンプレーにはない独特の「間」で、観衆も含めた周りの視線を一身に浴びることのプレッシャーもかかる。時間の余白が大きいから、あれこれと心理も働くというもの。


 1997年9月、ワールドカップ(W杯)フランス大会アジア最終予選初戦のウズベキスタン戦。井原正巳選手が倒されて日本にPKがもたらされた。開始早々の4分。国立競技場を埋めた5万4千人の期待と不安が注がれる異様な「圧」を感じながら、PKスポットへ向かったことを思い出す。


 万が一、外しても、まだ時間もあるし取り戻せる――。チラッと頭の片隅によぎった。そうした余裕めいたものがあったから決められたのかもしれないし、もし外していたら「邪念がよぎったから外した」と結論づけられたかもしれない。どちらも、ロジックとしては破綻していない。


 分析技術の発達によって、選手の動作は微に入り細をうがって解析されるようになっている。「この体の向きでボールを受けるべきだった」「あと30センチ横にパスを通せた」。ほぼリアルタイムでフィードバックされ、福島ユナイテッドFCでもハーフタイムには前半の修正すべきプレーが2つ3つ、提示される。


 昔であれば時間を置いて示された分析が、今ではすぐ、大量にもたらされる。インプットして整理しようとすると頭がオーバーヒートしそうなくらいに。


 ただ、感情のひだまではなかなか解析しづらいんじゃないだろうか。強気にシュートを打ったつもりだった。でも、確たる自信があったのなら、もうワンテンポ遅らせ、より入る確率の高いタイミングで打てたのでは、実はDFに詰め寄られるのを嫌がって無意識に焦ったのかも……。冷静に振り返ってようやく、論理的に説明のつくプレーは数多くある。実際のプレーは様々な形で心理に左右されるものだ。


 8月19日の試合でいえば、何回もシュートに持ち込めたいい流れでプレーしていたからPKも落ち着けたのかもしれないし、1本目のPKを成功したからかえって2本目では「同じようにいくだろうか……」と、意識のさざ波に影響されることもある。


 データ通りに事が運び、ゴールも決まればいいけれど、ロジックだけで勝てるのなら、そんな簡単なこともない。サッカーを論理的に説明でき、なぜ勝てたか・勝てるかを語れる分析の達人が、監督をやったら常勝できるかというと、分析力だけではなんとも言えないところがある。心情のある人間がプレーするものだから。


 サッカーは一瞬一瞬の判断の連続で、ロジックを理解して動かなきゃいけないし、思考とは別の回路、直感で動いてうまくいくときもある。考えなきゃいけないし、考えているだけでも足りない。

  
 筋書き通りにいかないことも想定内として、練習し、準備を尽くす。PKであれば、集中して、自分の間合いを大事にする。それで外したならしょうがない、と向き合ってまた準備に臨むのが、さしあたりはベターじゃないかな。「100%うまくいく」とは限らないから、サッカーは面白いのかもしれないしね。