BOA SORTE KAZU

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BOA SORTE KAZU

“サッカー人として”  2026年07月31日(金)掲載

“サッカー人として”
2026年07月31日(金)掲載

ゴールに至る裏側のプロセスと年月

 日ごろはサッカーに関心の薄そうな知人たちも、天皇杯福島県代表決定戦で決めたゴールには反応を寄せてくれて、なにかと喜んでもらえたみたいだった。


 動画で見直してみると、味方がゴール右でボールを持った時点でパスを受けるそぶりを見せつつ、彼がドリブルを選択したのでいったん足を止めている。で、一拍置いてラストパスが来そうな地点へ駆け込んでいる。


 ドリブルの切れる味方の特徴を踏まえ、「決められる場所」を空けておき、タイミングを見計らって入っていく。遅すぎず、早すぎず。こう見ると自分が思っていた以上にクオリティーがあるというか。


 というのも、当人としてはあの手の動きは日々、練習で何度と繰り返しているもので、本能的でもあるんですね。FWとしてはごく当たり前、特段難しいものではなくて。「ボランチの自分はパッとはできません」と仲間は言うんだけれど。


 何日も、何年も繰り返すと、動きが体に染みついてくる。大工さんがいくつになっても鉋(かんな)を使いこなせて不思議でないし、バレリーナは老いても踊りのステップやしぐさを体が忘れずに覚えている、とも耳にする。


 「59歳でゴールとは」「まじか」といった反応がSNSで沸いたと人づてに聞いた。ただ、僕と接するチームメートやスタッフには驚きでもないんじゃないかな。


 得点シーンそのままの形を練習で何度もやってきた。右からのクロスをファーサイドで待ってゴール寸前だったシーンもあったのだけど、GKとDFの間に速いボールを入れ、後方から2人が入り込むあの形も何十回と反復してきたパターン。


 一緒に練習している彼らからすれば「この形になればカズさんは決めるでしょ」程度のものでは。今風にいうと再現性があるというかね。


 最初は、50代後半の選手がどんなものなのかと半信半疑だっただろう。同じ練習をし、競い合ううちに理解し始めてもらえる。「こういう動きは難しいのだな」「でもこうしたプレーは問題なく任せられる」などと。


 試合中、僕には味方のDFから「もっと左を締めて」「中央(へのパスコース)を切りながらこっちへ出て」と指示が飛ぶ。カズにはできない、と思っていたら言っても無駄、指示しないよね。


 ワールドカップ(W杯)で39歳のメッシが大活躍し、41歳のロナルドが得点を挙げ、40歳のモドリッチが奮闘した。彼らに「衰え」がないわけではない。でも100あったものがゼロになるわけでもない。人一倍努力しているであろう彼らは衰えのスピードも緩やかになる。


 あれだけのサッカーの経験知、モデルともいえるトータルなスキルを備えた選手たちだ。状況に恵まれれば当たり前のように好プレーも、ゴールもしますよ。


 若さの力や才能に生かしてもらい、ベテランが良さを発揮する。そんな場面をW杯でたくさん見られた。59歳での僕のゴールもそう。本当に感謝しているし、みんなも喜んでくれたのが何よりうれしい。サッカー冥利に尽きる。


 ゴールというものは誰をも納得させ、称賛の対象となり、苦労も不評も吹き飛ばす。でもその1ゴールをつかむには、たどり着くプロセスが本当に大事だよなと、ゴールするたびに思い知らされる。


 練習を繰り返しても、取れない試合では取れない。7得点した7月25日も、築き上げたチャンスの割には7点止まりだったともとれる。百発百中は望めず、不成功が常。ゴールへの道はそんなもんだ。


 それでも、やり続ける。いや、やり続けるだけでは足りず、高い意識で向き合い続ける。そのプロセスに毎日取り組む方がよほど大変で、ゴールそのものよりおっきいものかもしれないよ。


 体が重く気の乗らない朝もある。そんなときはサイクリングマシンにまたがり、むりやりにでもこぐ。汗をかいてくると「よし、今日もやるぞ」という気持ちが湧いてくる。「やる気」だとか意思の力によらず、有無を言わさずプロセスの力を走らせる感じかな。


 日の目は見ないだろうけど、ないがしろにしていない自分なりのプロセス、たくさんあります。