BOA SORTE KAZU

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BOA SORTE KAZU

“サッカー人として”  2026年07月17日(金)掲載

“サッカー人として”
2026年07月17日(金)掲載

現実を見る、越えられない壁を越える

 シーズン前に大学生チームと練習試合をしていて「おや」と思った。今回のワールドカップ(W杯)で見た覚えのあるような光景だな、と。


 ボールは相手に持たせてもよしと割り切り、しっかりブロックを築いてくる。近年の大学生チームにありがちな、前へ前へとプレスをかけてくるパターンとはちょっと違う。W杯の試合から様々に影響を受けているんだろう。


 でも、それが新しいかといえば、そうでもない。「サッカーは変わった」「技術よりもフィジカル優先になった」「もうファンタジスタに居場所はない」といった言説を目にするたびに、それって僕の10代、1982年大会のころも言われていたよと思ってしまう。


 スペインのMFロドリだってファンタジスタといえばファンタジスタ。定義はともかく、身体能力よりもうまさを武器にW杯で立ち回った選手もたくさんいる。チーム戦術は精緻さを増して洗練されていく一途でも、1対1で抜く・止めるという原初的な重みもさして変わらない。


 おじさん世代が「昔のアイドルは個性があったのに、今のアイドルはみんな似たような顔で」と講釈しがちなのと似ていてね。おそらく現実には、今のアイドルだって個性は豊か。さらに言うと、今の若い世代も何十年か後には同じようにぼやいているような。


 現状認識の際に、過去という色眼鏡を通して見てしまう。あるいは何でもかんでも「新しい」と解釈してしまう。どちらもバイアスなんだろう。十年一日、はやり廃りの裏で変わらないものも多いのではとW杯を見ながら思う。


 自分を育ててくれた国、ブラジルについては、無意識のうちに自分でも「やはりか」と覚悟していたのかもしれない。毎大会、敗退となるとショックではありながら、今回はそのショックの度合いが少なかった。


 2014年、2018年、2022年大会では仮にチームとして世界一でなかったとしても、ネイマールという特別な存在が何かしてくれるのではというワクワク感や期待があった。今回はチームの側が今のネイマールを引き上げ、良さを引き出してくれればと願ったものの、難しかっただろう。


 いま、ブラジルサッカー界は現実と向き合っている。「ブラジルは昔日のブラジルではない」との分析、4段階で格付けされるポットでいえば「第3ポットのレベルだった」といった厳しい見解も目にした。


 2006年大会後に日本代表監督に就任した故オシムさんが「日本サッカーを日本化させる」と言ったように、ブラジルは欧州をまねるのではなく「ブラジル化」すべきだという識者も多くいる。では、どうすればいいかの明確な答えはまだ誰も持ち合わせていない。


 続投するアンチェロッティ監督のもと、まずは南米選手権の王座奪還へ全力を注ぐことになる。代表をどう立て直すにしても、南米王者のタイトルは是が非でも手にすべきものだから。


 日本も、アジア王者のタイトルを全力で取りにいくべきだと思う。今回のW杯のアジア勢で、最も強くて内容もよかったチームは日本だろう。ただしこの8年にわたってアジア王者を名乗れるのはカタールだ。


 毎度の繰り返しになるけれども、日本は本当に強くなった。並行して日本以外のチームも強くなっている。スペインやノルウェーといった欧州勢だけじゃない。カボベルデなどアフリカ勢、世界のどこでも、代表チームは成長している。


 日本が優勝を目標に掲げて戦ったことは全然悪いことではない。一方で、越えられない壁も厳然としてある。サッカー熱の旺盛なメキシコ、開催国だった米国なども、越えられそうで越えられないそれぞれの壁に阻まれた。


 世界トップランカーを倒せる力と同様に、トップ10に近いグループに確実に勝てる力を身につけたい。日本はまだ、そこに至れていない。頂は遠く、トップ10にたどり着くのも一苦労だ。甘い現状認識なんて吹き飛ばされる。


 でも、壁なんてものは越えるためにあるのだから。