BOA SORTE KAZU

  • Home
  • Message
  • Profile
  • Status
  • Column
Menu

BOA SORTE KAZU

“サッカー人として”  2026年07月04日(土)掲載

“サッカー人として”
2026年07月04日(土)掲載

師匠・ブラジルを今回は超えられなかったとしても

 自主トレの最中ではありながら、ワールドカップ(W杯)の日本代表については4試合すべて、一緒に戦わせていただきました。夜半だろうと早朝だろうと、もちろんブラジル戦も開始10分前には起きて襟を正し、国歌斉唱に間に合うように。


 プロフェッショナルとしてのDNA、サッカーのインスピレーション、ハングリー精神や戦う姿勢、選手としての信念や誇りといったすべてを、ブラジルで培ってきた。そんな僕にとって、恩師・ブラジルと祖国・日本のカードは決勝戦だ。ラウンド32で当たっちゃうなんて早すぎる、どちらかをもう見られなくなるじゃないかと嘆きつつも、両チームの大ファンとしてあの90分間を見守らせていただいた。


 戦いの前、ブラジルで飛び交う論評にも目を通した。重鎮OB、若めの代表OB、コメンテーターと、語る人は様々ながらも楽観視する声が大半だった。「ブラジルは強い、サッカーの王者だ」。そうであってほしいという希望的観測や、願い含みでもあるんだろうけれど。


 この50年来の日本の成長など、冷静に現状を認識できている人々からは「チームの完成度では日本の方が高い。そう簡単には勝てない」という見解も出ていた。それも、ブラジルが「勝てる」という前提の議論なんだけどね。「集中して侮らず戦えば、個々人の能力からして負けることはない」といった思考の大本は揺らいでいない。


 日本がリードした前半、僕としてはブラジルがそんなに悪いとは感じなかった。組織を整えて守る日本に手を焼いてはいても、情勢は五分だと。


 むしろ、日本がW杯でドイツやスペインを倒したパターンとはちょっと違うな、と頭をよぎった。流れなるものに対する選手としての、ロジカルとは別の直感でね。追う立場の相手が圧力を強め、いざ追い付かれると、「勝ちパターン」とは逆の現象に見舞われかねないかも……。スウェーデン戦でも、リードした後に終盤で追い付かれると日本はチームとして少し苦しむようにみえた。


 そこからはブラジルの奥深さというか、真の強さをみせつけられた気がする。1-1の同点になったとき、よりすさまじい圧力で2点目を奪いにくるよなと想像した。それが案外、落ち着いてやっている。派手でなく、どこかで仕留めてみせるという余裕がかえって不気味。試合をうまく運ぶとはこういうことか、サッカーで勝つということをよく知っているなと、感服せざるを得なかった。


 日本が勝つ可能性もあった。一方で、ブラジルのサッカーを40年近く見てきたなかで、同じ相手にブラジルが2度続けて負けた場面が思い当たらない。


 悪い状況でも好転させていける。苦しんでも最後には勝利に持ち込める。おそらくはそれが本当の力で、「力不足」という言葉の「力」にはそれも含まれるんだろう。


 あの後半、ブラジルと日本が師匠と弟子の間柄のようにもみえた。前半に日本が師匠の胸に思いっきり飛び込んで「俺も成長したでしょう?」と突きつけたけれども、時間がたつにつれて「そうではないんだよ。サッカーとはこうやって勝つんだ」と師匠に突き返され、諭されたような。


 今大会、日本は世界に誇れる戦いを続けてきたと思う。1次リーグ3試合で7得点は立派だし、スウェーデン戦の得点はここ数年でも一番ではと思えるくらい最上のものだった。


 「よく頑張った」「感動をありがとう」。一般の方々はそれでいいとしても、サッカー界としてはW杯をいろんな角度から突き詰め、追究し、検証していかないと。でなければ4年ごとに同じことが語られ、終わってしまう。「個の能力を伸ばさなければいけない」とは今に始まらず、20年近く唱えられていることだ。


 選手起用、交代、戦術はどうだったか。ピッチで選手や監督は何を、理屈ではなく体で感じたのか。それはサッカー王国の無形の「経験」かもしれないし、カナリア色のユニホームの選手たちが背負う重みかもしれない。ピッチ上の選手は、テレビなど映像でみるよりも強い「圧」や力を体感するものなんだ。何があの90分間に横たわっていたのか。聞くべき立場の人たちが、ストレートに問いを投げかけ、議論を尽くしてほしい。


 ブラジルと日本、どちらを応援するかを尋ねられたあるブラジル人がこう言った。「もちろんブラジルだが、ブラジルが日本に勝てばブラジルの勝利で、もしブラジルが日本に負けても、それはブラジルの勝利なんだ」。なぜなら、日本サッカーを育てたのは我々ブラジル人だと私は自負しているから、自分はうれしいのだと。弟子が強くなったのなら、育てた師匠としての喜び、「勝利」でもあるというわけだね。


 語り主はジーコです。さすがです。そんな師匠たちにいつかは勝つときがくるでしょう。ただ、まだ早かった。今回、今日ではなかった。それでも、いずれ上回れる、あのW杯の舞台で勝てるときが来る。そう信じて、何回であろうとも師匠に立ち向かい、歩み続けていきたい。