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メッシ(アルゼンチン)が世界最高級の選手であることに異を唱える人はいない。でも、あるブラジル人は「じゃあメッシと君と、どちらがすごい選手だ?」と聞かれて「自分だよ」とあけすけに答えた。
理由は「俺はワールドカップ(W杯)を優勝している」。つまり俺を超えるにはメッシは優勝しなければならない、と。これはメッシが2022年にW杯を掲げる以前のやりとり。
そうはいっても、皆さんからすれば「?」ですよね。でも本人は信じて疑わないくらい、ブラジルではW杯とその優勝は最高のステータスなんです。
ネイマールとリバウド、どっちがすごいか。ブラジルのSNSではそんな比較も盛んに飛び交っている。日本でだと、知名度からしても90%近い人がネイマールと答えるよね。でもブラジルだと五分五分か6割近い人が、リバウドを選ぶ。「2002年W杯で優勝、1998年W杯も準優勝ではあったが貢献が素晴らしかったから」という。
熱すぎるほどのW杯への思い入れは、南米、とりわけブラジルならではじゃないだろうか。
「僕がまだ特別なクオリティーをチームにもたらせるのであれば、代表でプレーをし続ける。ほかのどんなクラブでプレーするよりも、代表のためにプレーすることが僕の人生において最も大きな誇りだから」
クロアチアのモドリッチは前回のカタールW杯で3位をもぎ取った試合でそう語ったと、人づてに聞いた。誰もがうらやむレアル・マドリードで、押しも押されもせぬ中軸だった名手でもそうなのだと。
ここで自分は生まれ、育ち、ここで学んだ。この家族、この人たちと戦禍も乗り越えて歩んできた、そういう人間なのだ――。パスポートを持っているだけでは満たされない、クロアチアの人間であることの喜びと誇り。それを武力などではなく、最高の形で表明できる場がW杯なのだと思う。
クロアチアの人口は380万人ほど。横浜市や静岡県と似た規模だ。横浜市や静岡県からワールドクラスの選手を何十人も輩出できるか。なかなかに難しい。でもクロアチアはそんな芸当をやってのけている。
「このクロアチアという国は、本当にいいところなんだ」。ザグレブでプレーし暮らしていたころ、本心からそう話す人々によく出会った。自分の国の素晴らしさを知ってほしい、分かってほしい。その思いがW杯で走る選手たちに投影され、背中を押す。
おそらくブラジルで王様ペレが何よりも称賛されるのは、W杯優勝を3度成し遂げたただ一人の人間であることだけが理由じゃない。世界に対して何も持ち合わせていないように思えたブラジルでも、我々ブラジル人でも、こんなにすごいことを果たせるんだということを証明してくれた。そんなふうにペレは人々の心を打った。
人々の思いと熱、それと共鳴するような選手の誇りと喜びを、これから始まるW杯で僕たちは目にすることができる。そして、決戦に向かう日本代表の選手たちも、モドリッチと同じ思いでいると思う。リバプールやバイエルン・ミュンヘンといったビッグクラブにいる身でも、日本代表よりすごいチームはない、代えられないものなのだと。
2014年、2018年、2022年といずれのW杯も現地へ日本代表の試合を見に行った。日本のユニホーム姿で応援する人々の姿がほほえましい。復刻された、懐かしい「ドーハの悲劇」時代の一着をまとっている方々もちらほら。
でも僕は、外から応援するときにあのユニホームを着ることは、できない。
袖を通すとしたら、代表選手として、あの勝負の場に立つときだけにしたい。日常の練習や生活であれに袖を通すのははばかられる。心が待ったをかける。自分には重みがありすぎて。あまりに、頂点の存在で。
ともあれ、誇りや威信がぶつかりあう場だとしても、やっぱり僕たち見る側の人間にとってはW杯は何にも代えがたい楽しみ、お祭りだ。失意あり歓喜あり、起伏にとんだドラマはメンバー発表の時点からもう幕が切られている。
祭りを楽しみましょう。Bom festival! Aproveita!