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もう、騒ぐようなことでもないよな。それが、サッカー日本代表のイングランド戦勝利に対する率直な思いだった。
選手が「勝てる」と思ってプレーしているのが分かる。ワールドカップ(W杯)優勝経験国に勝者のメンタリティーで臨めている。
「勝てる」と感じたこと自体なら、31年前の対戦でもそうだった。ピッチにいた、少なくとも僕個人に関して言えば。
4カ国対抗戦のアンブロカップ、1995年6月3日。ウェンブリー競技場の観衆は2万1千人ほど。発足間もないJリーグで3万人で沸くスタジアムにも慣れていたし、聖地に尻込みはしなかった。「ドーハの悲劇」に見舞われた先立つW杯予選の方がよほどプレッシャーは強かった。
なめられているな、とすぐ分かった。ジェノアでイタリア・セリエAを戦ってきたばかりの自分に言わせれば、セリエAのサンプドリアで活躍していたデビッド・プラットらが今風に言えばインテンシティー(プレー強度)、セリエAの強度を出していない。調整程度と侮っているのが見え見え。
はっきり言って内容では上回れていた。DF陣も堂々たるもの、先制されても僕が蹴ったCKから井原正巳氏のヘッドで追い付いた。最後の最後、哲さん(柱谷哲二氏)が“神の手”でシュートを防がざるを得なくなり退場、PKを決められ敗戦するわけで力の差はあったけれど、「このイングランドに負けてはダメだ」と強気に戦えていた。
31年後の日本は、強いチームの戦い方をウェンブリーでやっていた。ボールをなかなか奪えなくても、保持されても、動じない。プレーも試合運びもうまい。いろんなシチュエーションにいろいろと対応できる。
そのうえで、今の選手や監督にはW杯という場で何を残せるかが追求すべきことであり、現時点での好調か否かにとらわれすぎていない。視線の先が違う。それが30年を経た日本代表の成長だと思う。
最終結果と前評判とは、すんなり呼応しないこともままあるんだけどね。ブラジル代表を引き合いに出せば、「カルテット・マジコ(魔法の4人組)」と絶賛された2006年W杯チームは準々決勝でフランスに敗退。以来、2014年を除いてW杯ベスト8の先へ進めていない。2014年にしても準決勝でドイツに1-7の惨劇を食らっている。
「最強」とうたわれるたびに、優勝のかなり手前で阻まれる。かと思えば、南米予選の最後の最後で何とかW杯に滑り込むほど苦労し、よって期待値はさほどでなかった1994年の代表は、優勝した。
良いプレシーズンがいまひとつなシーズンに帰結もすれば、シーズン前は失敗続きで望み薄のはずが蓋を開ければ快進撃、なんてことはクラブチームでもよくあること。原因が特定できるなら誰も苦労はしません。
そしてイタリアは、また別の説明の付けがたい因果から抜け出せずにいる。欧州予選プレーオフでW杯への道を絶たれた。3大会、もう12年もW杯に出ていない。心配だね。
イタリアの17歳は、5歳を最後にW杯でイタリアの勇姿を見ないまま思春期を迎えていることになる。自国が出ないならW杯は見ないという国民性ではないとしても、出ているかいないかで、人々の興味も未来も変わってくる。子どもが「自分も代表になってあの舞台に」と憧れる対象に接しないなら、負のループが回りかねない。
ロベルト・バッジョ、アレッサンドロ・デルピエロ、フランチェスコ・トッティ。創造と美を想起させる背番号10番がいて、水も漏らさぬ守備が「カテナチオ(ゴールに鍵を掛けるの意)」とたたえられ、1-0で勝つさまが「ウノ・ゼロ」と美化され知れ渡った。2006年までに4度の優勝。綿々と連なってきたアイデンティティーも、輝く場を失えば、途切れていってしまうんじゃないか。
多くの友人が「同じ欧州でも、イタリアの試合はちょっと違う。熱が強すぎる」と驚く。刺激が強すぎて怖いほどのあの熱を僕は信じていて、それがしおれない限り「カルチョ」は復活できると願っている。それでも寂しい。
W杯優勝国さえ、陥りかねない。日本人に「油断」はあまりないことだと理解している。でもどのチームだって、少しのつまずきからいつ、どうなるか分からないというところにサッカーのスリルと怖さを思う。