BOA SORTE KAZU

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BOA SORTE KAZU

“サッカー人として”  2026年03月27日(金)掲載

“サッカー人として”
2026年03月27日(金)掲載

人が自己満足を抜けてプロフェッショナルになるとき

 新年度といった感覚には疎いサッカー選手の身であっても、桜が咲いて卒業ソングが耳に届けば、何かが動き出す季節の空気を感じ取れる。「今年の新入社員です。よろしくお願いします」。行きつけの美容院へ赴けば、スタイリストを目指す初々しい人たちからあいさつされる。


 入ってすぐには上客の髪は切らせてもらえないらしい。見習いのように学び、下積みと時間をかけて一人前になっていく。毎年、6人ほどだろうか。


 これが夏前になると、一人、また一人といなくなる。「違う、と思ったらすぐに辞めちゃうので……」と、僕と年の近いチーフは嘆く。本人ではなく親が「申し訳ありません」と電話で断りを入れてくることもあれば、去り際に残業代・有給休暇分は権利としてきっかり請求してくる人もいるのだとか。


 やりたいことは選ぶ。合わないなら我慢しない。そういう時代なんだろう。やりたいことをずっとやってきて、職業にしてきた僕は、何かを言える立場じゃないのだけれど。


 今の若い選手を見ていると、僕たちの若いころよりもよほどしっかりしているよ。サッカーに対して真面目で、先々の事も考えている。指導者キャリアに備えてサッカーの学びを深めようとする若手、空き時間に会計士の勉強に励む選手もいる。


 僕なんて、何にも考えていなかったからね。「ほぼ運だけでここまで来ましたね」とでも査定されそうな。


 僕らであれば「石の上にも三年」、新しい環境で挑むとなれば「自分を出せ」「自信を持ってプレーを」と言われてきた。「ある選手はここでチャンスを得て、昇っていった。同じように努力すればそうなれる」と発破をかけられて。


 いまだに不思議でしょうがない。日本代表を思い返すと、パッと招集されてわずかなチャンスをものにする選手もいれば、その境遇になかなか達しない選手もいた。みな等しく努力しているんですよ、「持っていない」選手だって。


 だから努力は迷信だと切り捨てて、何かを求めて取り組むことへの信頼をなくしたら、終わりなんだろう。やり続けたからといって何かに必ず到達できるものでもない。でもやらなければ、どこにもたどり着かない。


 成功する保証も、万人に当てはまる答えもない。そこが、面白いんじゃないかな。結果の分かりきったレールを淡々となぞるだけって、楽しいかな。


 サッカーの監督業なんて、どんな人がどう成功するか、前もって分かるもんじゃない。タレントのイメージが先行するタケ(武田修宏氏)が名監督になるかもしれない。まさかって思いましたね? 「緻密でなさそう」「向いてなさそう」と。でも勝ちまくるかもしれない。やる前から断言などできないよ。


 知的で戦術通、サッカーをよどみなく解説できる人が、監督だとなぜかうまくいかないこともある。物事が「うまくいく」と言い切れるのは、かくも奇なる現実への恐れが少し足りないのかもしれない。


 一つの環境が合わないなら、自分が輝ける場へ移ったほうが得策だという考えには一理ある。ただね、「違う監督だったら活躍していたのに」「監督がもっと自分の価値を認めてくれたら」と言っていた選手は、チームを変えるたびに「別の監督だったら……」と同じ事を言い続け、何者にもなれぬままだった気がする。


 監督は分かってくれない――。気持ちは分かるけど、頼られる選手はたいてい、どこへ行っても頼られる。


 もちろん転じた先に自分の居場所を見つける人もいる。こんなことしかやらせてもらえないから嫌だ、などという後ろ向きな動機でなく、自分が積み上げたものをもっと大きくするきっかけにしたい、という志があるからなんだろう。


 3月21日の藤枝MYFC戦、福島ユナイテッドFCは完敗濃厚の0-3から後半の3得点で追い付いた。PK戦では及ばなかったものの、格上のJ2勢に自分たちのサッカーで伍してみせた。


 でも、それで満足していてはいけないんだ。PK戦であれ、負けて終わるのと勝って終えるのとでは全然違う。あれは勝ち切れたゲームで、ここで勝てるチームが昇格できるチームになっていく。そうならずに「いいチーム」で終わるチームを、たくさん見てきた。


 寺田周平監督は大敗後でも否定だけでなく成果を拾い上げ、好内容の試合でも次につながる修正点を提示してくれる。有意義なフィードバックに、常に前向きにさせてくれる人々に対し、僕らは結果で応えるべきだ。もっと突き詰められることがあると自問すべきだ。甘えていちゃだめだ。


 仕事というものへの自己満足から抜け出そう。なにがしかのプロフェッショナルとして、歩むのならば。