BOA SORTE KAZU

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BOA SORTE KAZU

“サッカー人として”  2026年01月30日(金)掲載

“サッカー人として”
2026年01月30日(金)掲載

挑む敗北者のほうが傍観者でいるよりもいい

 「カズさんは変わらないですね」というのが、毎年この時期の僕に対する周囲の決まり文句であるらしい。確かにと、我ながら自覚する。


 J3福島ユナイテッドFCの一員になった。前所属のアトレチコ鈴鹿よりカテゴリーは1つ上、サッカーのレベルも上がる。ただ、自分が向き合うことはほぼ変わらない。12月の自主トレからチームのキャンプへ移行するトレーニングと準備の流れも、新天地での生活のルーティンも。


 自分を成り立たせているパッケージめいたものがあって、それが横浜FCから鈴鹿、ポルトガル、また鈴鹿から福島へと、中身は変わらず旅をしている感じだね。


 20代、30代のころは、自分自身がすべてを動かしている、動かせるという勘違いに近い自負があった。今は、トレーナーやチームメートをはじめ様々な人々に支えられ、協力のもとでパッケージを動かせているのだと実感する。自分を取り巻く「環境」があるから生かされているという感謝の思いがある。


 福島の練習環境はJ2とも遜色がなく、本当にありがたい。寺田周平監督が求めるサッカーの基準は高く、面白い。その環境に身を置くことで、自分次第で、今以上に自分がうまくなれるんじゃないかと思わせてもらっている。


 キャンプを見に来た兄のヤスさん(三浦泰年氏)には「去年までよりプレースピードが一段上がったような」といわれた。実際には、僕のスプリントの数値や物理的スピードは変わっていない。速いテンポとプレー判断でボールが動く環境だから、中にいる僕まで高速化してみえるんだ。


 ハーフコートで行う11人対11人でのゲーム形式。6分ほどの紅白戦でゴールに4、5回絡めた日もある。パスがどしどしと届けられ、シュートチャンスをつかめる。自分が関われている、頑張れば役に立てる、そんな感触を持てている。


 もっとも、福島でプレーすることはチャレンジングではある。でも前回も話した通り、どの道を選んだとしても、これからの僕はもう「楽」とは縁がない。鈴鹿に残ったとしても地域リーグで大変なはずだし、スタートしたばかりの生駒FC奈良へ身を移したとて、出場機会は増えようとも、少しも楽にはならなかっただろう。


 傍観者でいるよりも、挑戦して負けた敗北者のほうがよほどいい――。実業界で語られることを、僕に重ね見る知人もいるみたい。他人の物語を眺めているうちは自分の人生のスタートは切れていない。踏み出せば、失敗し敗北したとしても、何かを得る。経験を手に前へ進んでいる。そんな趣旨らしい。


 言われてみれば、失敗を失敗ととらえていないんだよね、僕は。うまくいかなかった、試合に負けた、メンバーから外れた。一つ一つは失敗に分類されるんだろうけど、人生において考えたら「失敗」なのかどうか。


 鈴鹿でプレーした日々について、2024年夏からの2期目は思うようにならないことも多々あった。チームを降格させてしまい、今でも責任を重く受け止めている。


 ただ、誤解を恐れずに言えば、それが「失敗」かというとちょっと違う。何らかの形で自分の力になるものだから。失敗が、後の成功への助走となった実体験があるから、そう思える。人にやらされてではなく、自分の意思で選択し、挑戦し、失敗や敗北もした。成功もあった。すべて意義あるものとして自分へ返ってきた。


 それに、敗れたことのある人は人の痛みというものを我が事として理解できる。傍観しているだけでは、その深いところまでは分からないんじゃないかな。


 1週、1試合の単位で上出来や不出来を判断せず、6月までのスパンで物事をとらえたい。特別リーグの間のトータルでいい状態をキープしたい。年齢がどうだとか、通用する・しないだとか、はたからどう言われようがチャレンジしたい。ほかでもない自分の人生だから。傍観者ではなく挑戦者として生きる。「相変わらずですね」と言われ続けちゃうんだろうね。