BOA SORTE KAZU

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BOA SORTE KAZU

“サッカー人として”  2009年09月18日(金)掲載

“サッカー人として”
2009年09月18日(金)掲載

数字と注目に打ち勝つ芸術家

 おめでとうございます。イチローさんが一世紀もの時を隔てて、9年連続200本安打の大リーグ新記録を打ち立てた。


 ベースボールを見ていて思う。米国は数字で表せるスポーツが好きだね。合理主義らしさというか、選手一人ひとり、投手なら勝率から防御率まで、数字で成績がはじき出される。


 サッカーはどうだろう。GKのセーブ率を算出するにも、GKひとりで防ぐわけじゃない。DFが足を出してコースを遮るから止められるシュートがある。攻撃もそう。個人に帰するというよりは全員の調和によるものであったりする。


 最近はサッカーもデータが増えた。とはいえ無理に仕立てた感もある。例えばパス成功率は何を基準に成功とするのか。絶好のパスも受け手がトラップミスすれば失敗? 評価に主観が入るよね。先日、バルセロナのFWイブラヒモビッチの技術に僕はうなってしまった。空間も時間もないエリアで落ち着き払ったアシスト。あのすごさを数値化しようにも……。


 最高のパスやクロスを10本送っても、負ければ何も数字に残らないから、サッカー選手としては数字がうらやましい時もある。だけど常に数字が残るのも大変だね。僕らはダッシュのタイムが落ちようとも、プレースタイルを変えれば生き残れる。競泳や陸上の選手なら、記録上でわずかに昔の数字を下回れば引退もちらつく。特にイチローさんはあれだけ安打数や打率がクローズアップされた。201本なら何も言われず、199本なら衰えたと言われかねない世界だ。


 あの記録達成の日、僕は試合結果の方を思い出せない。大勢が一打者の打席を追っていた。そんな周囲からの高い注目と要求を、イチローさんはいい力へと変えられた。「解放された」と語ったけれど、また限りなく続く。そしてあの要求と重圧がなければ偉業も成らなかったはずだ。


 あの大記録も、日本人ということで好意的に受け取らない人もいるかもしれない。イチローさんはそういう見られ方とも戦っていく。積み重ね、記録という形で打ち勝っていく。


 芸術家イチローさん。その技を見るのは名画を鑑賞するのと似ているかもね。内野安打一つに僕もワクワクし、ゴロの行方をゾクゾクしながら追っていた。