BOA SORTE KAZU

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BOA SORTE KAZU

“サッカー人として”  2025年08月15日(金)掲載

“サッカー人として”
2025年08月15日(金)掲載

釜本邦茂さんを偲んで 時代を超えて輝くエースの心技体

 ブラジルのサントスでロッカールームに呼ばれたら、シャワーを浴び終えたペレがいた。40年ほど前のこと。コーチが引き合わせてくれると、素っ裸のペレが楽しげに言った。


 「お前、カマモトを知っているか? 俺の友人なんだ。引退試合にも呼ばれてね。ものすごい太もも、ものすごいシュートを持っている、ものすごいストライカーなんだぞ」


 日本の選手というだけで蔑視された時代に、あの「キング・ペレ」が、ガマさん(釜本邦茂さん)を最高のストライカーと認めている。日本人として、あんなに誇らしいことはなかった。


 「自分が点を取らないで試合に勝っても、面白くない」と言っていた釜本さんだから、得点を取ることしか考えていなかったんじゃないだろうか。俺が輝くのはペナルティーエリア内だ、とね。


 もし僕がFWに指導めいたことをするとしたら、ひたすらに基本の中の基本をやらせたい。コースを狙って打ち込む、仕留める、ゴールへパスする動作や感覚を養う鍛錬を何度も、何度でも。


 そのうえでストライカーに大切なものは「自分でやりきる」という強い意志になる。チームへの称賛も批判も、一身に引き受けるのがエース。自分がチームを勝たせねばという重圧、結果への強い責任感を背負いながら、釜本さんはゴール前に立っていたはずだ。


 おこがましいことだけれど、そんなエースのメンタリティー、エースならではの孤独やつらさを、僕は釜本さんと共有してきたと思っていた。「釜本さんなら、俺の気持ちを分かってくれる」と、日の丸を背負っていたころは感じたものだった。プレーした時代は違ったとしても。


 もっとも釜本さんは国際Aマッチ76試合出場で75ゴール、出ればほぼ得点する計算だったわけだから、孤独や重圧なんてあったのかなといぶかしくなるけどね。「取ってるから、ええやろ」くらいの感覚だったのかも。


 そんな釜本さんが「自分は海外のプロでは通用しないと思っていた。メンタル面で耐えられるかどうか不安もあった」と打ち明けたことがある。時代が、そう思わせたんだろう。今みたいに海外でプレーする道筋が整ってはいない当時、世界は現実味の薄い、遠いものだっただろう。


 今の時代のサッカーって、自分たちで複雑にし過ぎているかもなと思うことがある。FWはこうやってDFの視界から消えろ、味方のためにこう動け、相手MFへのパスコースを背中で消せ。点取り屋もいくつもの戦術的役割を課され、得点に専念できるのは「ぜいたく」になった。それが進化だといわれれば、そうかもしれない。


 ただ、釜本さんに言わせれば「そんなこと、せんでええ」であり、「そんなこと考えていたら点なんて取れん」と言い放つんじゃないかな。ストライカーたるもの、ゴール前でズドーンと思い切ってシュートを打てばいいんだよ、と語る声が聞こえそうで。


 言い換えれば、それで結果を出し続けるほど突出していたということ。シンプルな強い「個」をどうにかして抑えようと戦術が進歩してきたとして、それでも戦術や理論だけでは止めきれない存在、枠の外にいたプレーヤーの一人が釜本さんだったと偲(しの)ばれる。


 一世代前の名手たちでも、サッカーが精緻化した現代であれば当時ほど活躍はできないのではという見方もある。これにはロマーリオとペレについて似た論争があってね。ロマーリオが「俺は今の時代に1000ゴールを果たした。ペレは古い時代に1000得点以上挙げたけれど、今ならそうはいかないかもね」と豪語する。ペレを追いかけてきた記者たちは言い返す。「今のテクノロジーや知見をペレが利用できるなら、ペレは2000ゴール量産しているよ」


 僕も、日本リーグ(JSL)時代に202得点した釜本さんが今の時代にプレーしたなら400得点ぐらい挙げたはず、とみる派です。今、代表にFW釜本がいたなら、もっと勝てるはず――。僕らの代表の時代も、その前も、その後も、いつの時代にも唱えられてきた待望論が、釜本さんという色あせぬ不滅の価値を物語っている。


 目標とするには、遠すぎる方でした。事あるごとに気にかけてくださり、本当にありがとうございましたという感謝の言葉しかありません。心よりご冥福をお祈りいたします。