LOCKER ROOM


「サッカー小僧」第40回


−背番号11−後ろ姿で自分を表す大切な数字

 「11」へのこだわりはすごくあって、車のナンバーもそうだし、駐車場でも11番が空いていたら、どんなに狭くても置いてしまう。ずっと背番号11を着けているから、いつの間にかラッキーナンバーとして大事にしていたんだよね。僕の親しい友人たちも、好物のおはぎを11個くれたり、11月11日の11時11分に入籍したことがあった。

 僕は小、中学生のころ静岡の城内FCでサッカーをしていた。ここのエースナンバーは15と14。15は五輪で釜本邦茂さんが着け、14はオランダのスター、ヨハン・クライフの番号を意味していたんじゃないかと思う。

 確かヤスさん(兄・泰年)が15で、僕が14だった。11は先輩が着けていて、「タンク」というあだ名だったんだ。豆タンクみたいな体つきの人なんだけど、中学生のときに世界リフティング大会で2位になっているんだよね。僕の中での元祖11番は曲芸師のようなタンクさんだった。毎年、1月2日の城内FCの初げりに行くと、そのタンクさんから「お前が11番を受け継いでくれてよかった」と言われる。

 僕が11を着けるようになったのは、ブラジル時代に左ウイングをやってから。ブラジルでは背番号は固定じゃなく、先発する選手が1から11を着けていて、左ウイングのポジションは11だった。

 日本代表では赤いユニホームだったころに20を着けた記憶がある。読売サッカークラブの1年目には24だったこともあったね。京都時代はシーズン途中の加入だったから最初36を着けていて、11は藤吉信次選手だった。Jリーグは一回その選手を登録抹消しないと背番号を変えられなくて、冗談で藤吉選手に「500万円で売ってくれ」と頼んだこともある。

 結局、代表でもクラブでも世界選抜でも、背番号11を着けさせてもらった。みんなが後ろ姿で「カズ」を感じてくれるのは、僕にとって大きな喜びだし、安心感を与えてくれるんだ。(隔週金曜日に掲載、次は15日)

(神戸新聞、2004年10月1日掲載)


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