−柳沢敦−多くの財産をつくってほしい
ヤナギ(柳沢敦選手)がイタリアへ渡った。移籍先のサンプドリアは、僕がいたジェノアと同じジェノバという町を本拠地にしている。新聞などで練習の様子が伝えられているけど、彼らしく、リラックスしながらやれているようだね。
1998年2月の日本代表合宿で初めて一緒にプレーし、気が利いた彼の動きはすごくやりやすかった。マークを引き付けてスペースを与えてくれたり、見えるところに自然に動いてくれたり。その部分を伸ばしつつ、後は、いいパッサーがいれば点は取れると思う。
ジェノバは地中海に面していて、歴史や郷愁を感じさせる町並み。古い港町で、気候的にも過ごしやすい。職人の作るピザやパスタ、他にも、おいしいものがたくさんある。それらをどんどん楽しんでもらいたいよね。
「イタリアの生活を楽しみ、なおかつ、セリエAでお金をもらいながらサッカーができるんだ」という感覚でいた方がいいんじゃないかな。僕は日本人初のセリエAプレーヤーということもあって、最初から否定的な見方をされることも多かったけど、ヒデ(中田英寿選手)らの活躍があって変わってきているしね。
ジェノアがセリエAに残っていれば、ダービーマッチ(同じ本拠地チーム同士の直接対決)は体験してもらいたかった。僕のセリエAでの得点はサンプドリア戦の1点だけだった。でも、それで僕を覚えていてくれる人がたくさんいる。サッカー文化が根付いているところだから厳しい半面、答えを出したときには称賛される。そういう情熱や歓喜があるんだ。
多くの財産をつくってほしい。イタリアにいたころから8、9年たった今も僕がサッカーをやっているように、ヤナギのサッカーもまだまだ続く。バッジオ選手やバレージ氏といった友達を得たことやメンタルのタフさを学んだことが財産になって、今も僕は選手でいられるんだ。(隔週金曜日に掲載、次は8月8日)
(神戸新聞、2003年7月25日掲載)
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