BOA SORTE KAZU

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BOA SORTE KAZU

“サッカー人として”  2023年12月22日(金)掲載

“サッカー人として”
2023年12月22日(金)掲載

ファンタジスタたちに寄せて

 横浜FCにいた3年ほど前、控え組の僕らはセットプレー練習で対戦を仮想して相手のコピーを演じるのが習わしで、僕ら側のキッカーは中村俊輔氏、俊さんだった。


 「この辺にほしい」とゴールポスト辺りを目で合図すると、点を取らせてくれる注文通りのボールを届けてくれる。もう最高。FW冥利に尽きる、練習台を務める陰でのあのひそかな楽しみ、監督らは見抜いていたかどうか。


 僕などはサッカーを見るよりもやることが好きだけれど、俊さんは興味を引きさえすれば、カテゴリーの別なく世界中のサッカーをむさぼるように見ていた。風呂場に僕がスピーカーを持ち込み、大音量の昭和歌謡に合わせて歌い上げる傍らで、俊さんがスマホで海外サッカーに見入っている。湯けむり漂う練習後の光景が懐かしい。


 ボールを蹴っては、いつも首をかしげていた。どこか納得いかない、という体で。端から見たら百点満点のキックなのに、本人としては何かが微妙に違うらしい。ひたすらボールと向き合い、感触を確かめていた努力の虫。試合特有の力みや重圧がかからなければ、FKは蹴ればほぼ、入ってしまう。


 今季限りで引退した(小野)伸二とともに、自分の考えをプレーとして表現できる技術の持ち主だった。プレーさせれば、誰の目にも明らかな「違い」が浮き出る。2人とも体が殊更強いわけでなく、爆発的な速さもない。それで40歳過ぎまでやれたのは、うまいサッカー人だったから。


 フィジカル要素が重視され、アスリート型の選手が好まれる現代では、もうファンタジスタに居場所はないという意見がある。でも僕は、俊さんや伸二のような系譜の選手はこれからも生き残り、通用すると信じている。


 「今はシステム論ばかり。選手はフィジカル的になりすぎ、うまいやつが減った」。これは最近でなく、30年前のブラジルで僕が耳にした言葉だ。その後も名手は絶滅することなく輩出されている。俊さんや伸二が今、20歳だったら、今の練習理論やテクノロジーを取り入れ、時代に即したトップ選手にやはりなっているはず。そしてファンタジスタを愛し、求める人々の心も、なくなりはしない。


 伸二と一緒にできるのなら清水エスパルスに加入してみたい、と来日した元北京五輪オランダ代表がいる。僕がイタリアへ渡った1994年当時は「日本選手がお金以外に何をもたらせるんだ」とさげすまれたものだ。そんな偏見を中田英寿氏が打破し、日本選手もUEFA杯(現欧州リーグ)優勝に携われることを伸二が示し、俊さんがFKでマンチェスター・ユナイテッドを青ざめさせた。一つ一つの足跡が、日本選手の価値や見られ方を変えてきた。


 彼らからのバトンは、いま欧州の最前線で挑戦する選手たちへ途切れることなく受け継がれている。それを顧みるとき、先達のファンタジスタたちへ最大のリスペクトと感謝を示さずにはいられなくなる。